|
モンテッソーリ教育との出会い
私には今、高校1年生になる息子がひとりいます。
息子は生まれてしばらくして小児喘息にかかってしまい、幼少時は何度も入退院を繰り返しました。
その頃は、喘息のためにいつも苦しそうにしている息子を不憫に思いつつも何もしてやれない自分に歯がゆい思いをしたものでした。
息子が2歳になった冬のことでした。
正月休みで九州の実家に帰省したときのことです。
慣れない環境で体調を崩したのでしょうか、息子は風邪をこじらせて喘息発作と一緒にひきつけを起こしてしまい、救急車で病院に搬送され、1週間あまり入院することとなってしまったのでした。
息子の喘息発作による入院は何度も経験していたことなので、この時も「またか・・・」といった程度の思いでした。
しかし、そこで待っていたのは子供を前にした母親としては居場所がなくなるほどの辛い現実でした。
当然と言えば当然なのですが、息子が入院した病院は大きな総合病院であったため、そこは子供ばかりが集められた小児病棟・・・
隣のベットには息子よりひとつ年下で1歳後半くらいの男の子・・・
ひきつけから回復して意識の戻った息子に突然、隣の男の子がベットの鉄柵越しに話しかけてきたのでした。「おにいちゃんどこがわるいの?ねえねえ」
息子は「うにゃうにゃ」と言葉にならない声を発しただけで会話が終わってしまったのでした。
息子が喘息を患ってしばらくした時、入院先の担当医が、「たびたび発作が起こるようでしたら成長に影響が出ることもあります。」と言っていた言葉が脳裏で強烈によみがえりました。
そして、息子が隣のベットの男の子と同じくらいの1才半の頃の出来事を思い出しました。
ある日、家族で知人宅を訪問したのですが、そのお宅には小学生になるお子さんが2人おられました。大人は大人同士の話で盛り上がり、子供は子供同士で仲良く遊んで楽しいひと時を過ごしていました。
その時です。遊びで盛り上がった子供たちから「この子、なに言ってんのかわかんない!」という言葉が聞こえてきたのです。別に悪気があったわけではないのでしょうが、子供は正直です。
息子の言葉が遅れていることをはっきりと言われてしまったのでした。
以来、なんとかしなくてはとの思いから、人づてに聞いた幼児教室や教育関係の資料を読み漁ったりして様々な教育を息子に試す日々が始まりました。
モンテッソーリ教育をはじめとしてギルフォード教育、シュタイナー教育、公文式、七田式、親業、YT-NETなどなどです。
色々と試した結果、息子にはモンテッソーリ教育とギルフォード教育が性格に合ったらしく、モンテッソーリ教育を幼稚園で、ギルフォード教育を小学校低学年に幼児教室で受けて成長しました。
特にモンテッソーリ教育は息子のお気に入りで、私自身も色々な教具を買ってきては息子に買い与え、見よう見まねで覚えた提示をしては息子にやらせてみるという、モンテッソーリ教育を柱とした家庭教育を根気よく続けていきました。
少しはモンテッソーリ教育の成果が有ったのかもしれませんが、息子は小学校に入学する頃には人並みに言葉を話せるようになりました。しかし相変わらず文章を構成することは苦手な様子で、国語で苦労していました。
2年生になった時、息子は算数で掛け算九九とひっ算でつまづきました。世間一般的に見れば、小学校低学年でありがちな、いわゆる「基本につまづいて勉強嫌いになってしまう典型的なパターン」にハマる一歩手前の状態だったように思います。
なんとかしなくてはという焦りがありましたが、ほかに考えられる手立てがなかったこともあり、息子に対しては、家庭でモンテッソーリ教育を主体とした生活をする一方で、ギルフォード教育による知能教育を受けられる教室に通わせました。(本当は、モンテッソーリ教育による知能教育を受けさせたかったのですが、近くに小学校低学年を対象としたモンテッソーリ教室がなかったのと、ギルフォード教育の基本思想がモンテッソーリ教育と似通っていた(少なくとも私はそのように理解しています。)ため、やむを得ずそうしたのです。)
今になって思えばそれが功を奏したのでしょうか、息子は何度もつまづきながらも決して勉強嫌いになることがなく、むしろ親が不思議になるくらい勉強に対する興味を失わず、徐々にではありますが、長い時間集中して机に座っていることが、多くなっていきました。
3年生になった時、私が懇意にしている方の勧めで、所沢にある某大手の進学塾に息子を通わせてみることにしました。聞くところによると、その進学塾は、ギルフォード教育を取り入れているということでしたので、中学受験を目指すというよりは、息子が少しでも楽しく勉強に取り組むことが出来る環境を与えることによって、少しでも学力が向上すればよいという思いから始めたのでした。
全ての転機はその頃から始まったように思います。
「お母さん、今日も楽しかったよ!」と息子は次第に喜んで塾に行くようになりました。
そしてある日、塾と平行して通わせていた知能教室の先生から信じられない言葉を聞くことになったのです。
「息子さんの数字や図形に対する認識能力が顕著に伸びてきています。特に図形の空間認識能力は素晴らしいです。この分野に限って言えば、おそらくIQは150を超えていると思われます。家で何かされていますか? 中学受験を考えてみてはいかがでしょうか。」
息子の小学校での成績に少しずつ変化が現れてきていた頃のことではありましたが、今まで自分が息子に対して施してきたモンテッソーリ教育やギルフォード教育の効果がそれほどのものとはにわかに信じることが出来ませんでした。
中学受験が出来るかもしれない・・・
息子がまだ幼稚園に通っていた頃、他の父兄たちの会話に出てくる「受験」と言う言葉、夢のまた夢と思っていた世界がぐっと身近に感じることが出来るようになった瞬間でした。
それまで息子が通っていたギルフォード教育の知能教室は3年生で終わってしまったため、4年生からは3年生の時から通い始めた進学塾一本に絞って、本格的に受験準備に取り掛かることになりました。
今になって思えば、この頃(小学校3年生を終了する頃)にモンテッソーリ教育もギルフォード教育も、ほぼその役目を終えたのではないかと思いますが、逆にこれら教育の成果は、この頃から顕著に現れ始めたのではないかと思えるのです。
息子が通った例の進学塾は、学力順に上から「選抜クラス」「1組」「2組」と編成されており、(いくら小学校での成績が少しずつ上向いてきたからと言っても当然のことですが・・・)息子は「2組」からスタートしました。
最初の頃は、徐々に受験色が濃くなっていく進学塾独特の授業に戸惑いもあったようですが、得意な算数で良い点を取れたり、皆が分らない幾何の問題を自分だけが回答できたりしたことで徐々に自信を付けていったようです。
5年生になった時にひとつの事件がおきました。
息子が小学校でいじめに会ってきた様子で、体のあちこちに傷を付けて帰ってくることが度々あったかと思うと、ある日、「もう学校に行きたくない」とはっきり言うようになったのです。
「小学校5年生で不登校児か・・・」正直言って気分の重くなる事態でしたが、永年モンテッソーリ教育による親子の対話で築きあげてきた信頼関係は損なわれていなかったので、なんとかなるという安心感はありました。
5年生の3学期一杯、息子は学校を休みました。
毎日根気良く息子と話し合っているうちに、学校生活における色々な問題が明らかになってきました。
主人と一緒に学校を訪問して校長や教頭と対策について話し合いもしました。
私も主人もなんとかこの状況を打開しようと必死でした。
しかし、モンテッソーリ教育の成果のひとつでしょうか、親の心配をよそに、息子は息子なりに3か月の休学でひとつの結論を導き出そうとして真剣に悩んでいたようです。
「おかあさん、ぼく、私立の中学に行きたいんだけど、受験しても良い?」
息子は自分の意志で中学受験を決意し、いじめを受ける環境から自力で脱出する道を選んだのでした。
6年の1学期から、息子は再び元気に学校に通うようになりました。
塾の勉強に対しては、以前にも増して一生懸命取り組むようになりました。
本人の強い意思が働いたためでしょうか、成績は急激に上がり始め、塾のクラスは2組から1組へ、そして受験前には選抜クラスへと進んでいきました。
当然のことですが、小学校の方は息子の急成長によって大変なことになってしまいましたが、どのような状況になったかは想像にお任せします。
正直なところ5年生くらいまでは、埼玉県内の私立中学に入れれば・・・と思っていただけに、息子の成長振りは親の期待を遥かに超えていました。
結局本番は、都内2校、埼玉県内2校を受験し、都内の1校を除いて全て合格しました。
埼玉の中学は、特待生として授業料免除という特典のオファーを受けたのですが、息子の将来性を考えて敢えて都内の中学へ進学させることにしました。
中学に入ってからというものの、心配していたいじめ等もなく、息子は楽しく有意義な学校生活を送っています。成績は、入学当初は中位かそれ以下でスタートしたのですが、ここでも着実に成績を伸ばしていき、2年生の頃には上位に付けることが増え、中学3年では特進予備クラス、高校進学時には特進クラスに入ることができました。
ここに来て初めて、(将来、息子が本当に学びたいことを思う存分学ぶことが出来る大学という意味で)一流と呼ばれる大学が手に届くところまで来たという実感が湧いてきました。振り返ってみれば、息子が幼少の時、病気のために成長が遅れ、将来どうなるのかという不安ばかりがよぎっていた頃、今日の状況を誰が想像できたでしょうか。
はっきりとした因果関係を証明することは出来ませんが、息子の人生においてモンテッソーリ教育が多大な影響をもたらしているという確信が、私にはあります。
モンテッソーリ教育は、学業の成果だけが全てだとは思いません。むしろ、いじめなどの問題に対して自分で考え、行動し、解決する能力等の健全な精神の育成の方が重要であり、それがあってはじめて学業の向上が意義あるものになるのだと考えます。
最近は、息子の将来について心配することはあまりなくなりました。多分、これから息子に何かあっても自分で切り開いていけるだろうという安心感があるからです。今はこのすばらしいモンテッソーリ教育に出会えた事に対して感謝すると共に、一人でも多くの子どもたちにこのすばらしい教育法で教えていくことによって、以前の私と同じように子どもの将来について悩みを持つ親御さんたちの御役に立ちたいとの気持ちで一杯です。
近況報告
この9月、息子は文部科学省の高卒認定試験(旧大検)に合格し、高校1年にして高校卒業資格を得ることに成功しました。もちろん高校はこのまま継続させるつもりですが、息子はこれからも色々な事に挑戦していくつもりのようです。
|